アンブシュアゲシュタルト崩壊

梅雨も明け、クーラーをつけている部屋にも関わらず汗をかきながら練習をしていますが、今日とある出来事がありこれまでの事が頭に浮かんであーなるほどと思ったのでもしも良ければ話にお付き合いください。。。



中学の吹奏楽部に入ってオーボエを始め、大体どの学校でもまず新入生が最初に迎えるビッグイベントは夏のコンクールですね。


中学に教えに来て頂いていた先生の体調が悪かったのもあり、初めて先生に見てもらったのはちょうど中学一年のコンクール前の今の時期ぐらいだったと思います。


クーラーもない学校の教室で先輩二人と私の三人でレッスンしてもらいました。


確かレッスンの後先輩達は合奏練習があって、私は先生と二人っきりで少し教えてもらったのを覚えています。


まだ楽器を始めて三ヶ月程で、その時先生に音を切る時にふーっふーって一つずつ息を切るんじゃなくて、一つの息を舌で区切るんだよと教えてもらいました。


それが約十◯年前・・・・



その後先生は残念ながらお亡くなりになり、それが私の初めてのオーボエの先生に習った最初で最後のレッスンでした・・・・






・・・・・・・・・






そんな事を思い出した暑い夏の夜でした・・・





と、感動の話で終わる事が出来たらいいのですが、




その時先生に指摘された事でその後十◯年悩まされることになる


とはまだ知る由もない・・・






その後定期的にレッスンに行く事になり、オーボエをやる人の基本中の基本であるヒンケという教則本を最初から見て頂いていた時。


どんどん教則本の内容が進んでいって楽しくレッスンに通っていたのですが、とあるページになった時にここは飛ばそうか、また後でやればいいねってなって、そうなのか〜と思い次のページに進みました。





そうです、この頃から私は


「アンブシュアを変えずに、かつ一つの長い息で音を並べる」


というのが苦手でした。



そしてこれはさらに悪化していきます・・・



時は経ち大学に入った時、先生に演奏する時に口をもぐもぐさせたら良いと言われ何も思わずにもぐもぐ・・・


今になってみると先生がそう言った意味も分かるのですが、先生の意図した事と私が受け取った内容に差異があって、私は


「アンブシュアって動くもの、むしろアンブシュアで音楽を表現するのか・・・?」


とどんどん間違った方向へ・・・



さらに大学生活の後半から留学中にかけてはリードの指針となるものがなくなってしまって、アンブシュアには大打撃。


良くありがちな事ですが、ピッチが低くなると口を噛んでしまう→しんどくて曲が通せない、などベタな失敗は数知れず。



アンブシュアってどうすれば良いんやろう?


とはずっと頭の片隅にあったものの、解決策はなく、こういう風にしたら良いという事を教えてもらっても中々自分で納得出来ず。


こうするんだ!と持論を押す先生の言う事を真似して、鏡を見ながら練習したこともありましたがこれもまたうまくいかず。


そうして虚しく年月は過ぎてゆきました・・・




周りの人と話していてもリードの悩みなどは話に出る事が多いですが、アンブシュアの悩みってあまり話題になる事が無くてずっと一人でここ何年かも考えていました。


コンクールを聴きに行ったり、動画で有名な人の口元を観察したりもしましたが、色んなアンブシュアがある。それは分かった。


留学中から困った時に読む本のアンブシュアの項目も読んでみた。



Play music to develop embouchure, not the other way around.

音楽を演奏してアンブシュアを改良、この逆は駄目


と書いてあった。


アンブシュアを矯正、変えると言う意識は持ってもダメやなと思った。


ちなみに今その項目を読んでみると納得の内容だった。


問題があるとすれば、それはアンブシュアではなく頭脳の中にある。

筋肉の勉強ではなく音楽を勉強することでアンブシュアを訓練する。

音楽こそがアンブシュアを発達させるのだ。

アンブシュアは人によって変わり、音楽の要求によっても自然に変化する。

アンブシュアをコントロールすることはできない。

音楽をコントロールするのだ。

アンブシュアを変えようとしてはいけない。

機能が発達するにつれアンブシュアは変化するだろう。

音楽することでこそ、アンブシュアは最大の機能を発揮するように改善される。

解剖学的構造が人それぞれに違うのだから、アンブシュアも人さまざまなのである。


・・・アンブシュアは良い結果を得るために存在するものである。アンブシュアを発達させるには音楽を学べ。音楽を学ぶためにアンブシュアを改良するのではない。

-------------------------「金管奏法のカリスマ アーノルド・ジェイコブスはかく語りき」より




リードの状態がここ半年程でだいぶ改善され、自分に合ったリードに近付いて来たのもあり演奏の上で大事な事はアンブシュアよりも自分の息をしっかり使えているのかという事に考えが変わって来ました。


思い込みとは怖いもので、アンブシュアで音楽は生まれないのに

勝手に自分の頭の中で弦楽器の左手部分をアンブシュアが担っているような考えがありました。


ただ、自分に合ったアンブシュアを選ぶ上でリード選びはかなり重要だと思います。




アンブシュアに求めるものは、


ほぼ変化がない事。

自分にとって無理がない事。

口の中の息の流れを保てる事。


ぐらいでしょうか。


今日は練習していて初めてアンブシュアがなんか自然になったなとしっくり来たので書いてみました。


長々と書いてしまいましたが、アンブシュアの事こんなに考えてたの私だけか?

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